「親」という漢字の成り立ちには、「木」の上に「立」って、子どもが帰ってくるのをじっと「見」守る人という光景が描かれている!?
私は日本人ですが、恥ずかしいことに日本の歴史を全く分かっていないということを、30代になって気づかされました。
外国の人が、自分の国に対しての誇りや意見を持っているのに対し、自分はどうなんだろうと考えるようになりました。
そして今は、日本という国に生まれた時点で、幸せなんだと実感しています。
そして日本には漢字という素晴らしいコミュニケーションツールがあります。
この漢字にも、日本の伝統と素敵な文化を感じています。
漢字の成り立ちには、様々な意味がありますが、今回は「親」という漢字の成り立ちから気づかされたことがあったので、シェアさせていただきます。
まず、親にとって子どもとは、どのような存在でしょうか?
「無償の愛」という言葉もありますが、自分を犠牲にしても良いと思える尊い存在ではないでしょうか。
だから「成長してほしい」とか「守ってあげたい」とか「教えてあげたい」という気持ちが強く出てしまうものです。
そんな思いが親にはありますが、子どもにとって親とはどのような存在でしょうか?
子どもが親から愛情を注いでもらっていると感じられると、幸せを感じるのではないかと思います。
そんな子どもに対する愛情が親にあれば、ニュースで流れてくる、子どもの置き去りや虐待などのような事件は起きないのではないでしょうか。
そんな事件が、これから少なくなることを願うばかりです。
では、子どもは親から愛情を注いでもらっていると感じられると満足するのでしょうか?
そうだったら良いのですが、親子関係はそんな簡単なものではないと、私は実感しています。(他の家庭のことは分かりませんが・・・)
では、改めて子どもにとって親とはどのような存在でしょうか?
守ってくれたり、頼りになる存在であると共に、時にはウザい存在と映ることもあります。
私が子どもだった頃はそんな風に感じたことがありますが、今は逆にそのように思われているかもしれません(笑)
子どもには「自分で何かをやってみたい」という素晴らしい好奇心があります。
しかし、親には子どもよりも知識も経験もあるので、ついつい口を出してしまうのです。
例えば・・・「なんでこうやらないの!」という発言。
→親の立場としては、正解を教えてあげているという思いかもしれませんが、見方を変えると、正解を導き出すための思考力を高める機会を奪い取っているとも言えるかもしれません。
自分で失敗することやミスをすることで、こうやれば良かったんだと気づくことがあります。
人から教えられたことは忘れやすいかもしれませんが、自分で失敗した経験は記憶に残りやすいものです。
もし「なんでこうやらないの!」と言いたくなった時には「どうしたらいいと思う?」という問いかけの方が子どもの成長に繋がるかもしれません。
子どもの成長を望むのであれば、自ら気づき、自分で考えるような力をつけていくことが必要になります。
だから、時には失敗をしたり、間違った選択をしていると思っていても、口を出さないことも大切なのです。
親という漢字の成り立ちを調べると、次のように書かれていました。
一般的に広く知られている成り立ちは、ある光景を文字にしたという説です。
その光景とは、「木」の上に「立」って、子どもが帰ってくるのをじっと「見」守る人。
立: じっと立っている。
木: 高い木(あるいは高い場所)。
見: 遠くまで見る、見守る。
つまり「親」という漢字の成り立ちを知ることで学ぶことは、親にはいちいち口を出すのではなく、子どものやることを俯瞰しながら、見届ける役割があるということです。
もちろん、人様に迷惑をかけたり、生命に関わるような時には口を出しますが、それ以外のことについては見守ることが大切なのだと最近は思っています。
これは上司と部下という関係においても、同じようなことが言えるのではないでしょうか?
部下が成長する過程において大切なことは、常に正しい判断を部下にさせることではありません。
これからの仕事において、正しい判断を自分でできるようにしていくことも大切なのです。
だから、口を出すことと見守ることのバランスが大切になってきます。
これが、なかなか難しいのですが・・・
そして、部下が相談をしたいと思った時に、相談相手として選ばれ、相談できるような人間関係を作っておくことが大切なのです。
そのために、親や上司にはコミュニケーション能力が求められるということを、改めて感じています。
コミュニケーション能力の基本については、ぜひこちらをご覧ください。

