先日、素敵な大学教授(R教授)にお会いしました。
大学教授というと、少しお堅いイメージがあるかもしれませんが、その方はとても物腰の柔らかいフランクな雰囲気の方でした。
ちなみにR教授は、日本に来て12年のアメリカ人で、専門分野は言語学の方でした。
「これからの教育」に関するカンファレンスという場でお会いしたのですが、休憩時間や待ち時間を利用して「日本語」について情報交換をさせていただき、楽しい時間を過ごすことができました。
その会話での気づきは「日本語は素晴らしい」というものでした。
ちなみに、あなたは「日本語は素晴らしい」と思いますか?
私は以前「日本語は難しい」という捉え方をしていました。
あなたは、そんな風に思ったことはありますか?
私が「日本語は難しい」と思っていた理由は次の2つです。
①複数の言い方がある
日本語には、敬語や尊敬語や謙譲語などという色々な言い方があります。
こういうことを小学校で習うのか中学校なのかをはっきりと覚えてはいませんが、その時に思ったことは「日本語は難しい」というものでした。
そして怠け者の私には「そんなことまで覚えなくていいんじゃない!?」という逃げの姿勢がありました。
そんな姿勢だから、私は今でも日本語に自信が持てません(笑)
自業自得ですね(笑)
②同じような意味の言葉が多い
「I am Suzuki」という英語の文章がありますが、それを日本語に和訳しようと思ったら何と言いますか?
きっと、英語の教科書には「私は鈴木です」と書かれているでしょう。
しかし、正解は1つだけではありません。
例えば「私は」という部分を次のように変えても、日本語として不正解ではないでしょう。
- 僕は
- 私(わたし)は
- 私(わたくし)は
- 自分は
- 俺は
- うちは
- おいらは
- あたいは
- わしは
いかがでしょうか?
英語では「I」というたった一文字で表す言葉だったとしても、日本語では色々な言葉が当てはまります。
これを外国人が学んでいくことを考えると「日本語は難しい」と思っていたので、冒頭でご紹介したR教授が上手に日本語を話していて、率直に「凄いなぁ」と感じました。
そんな時にR教授が「日本語は素晴らしいですよ」と教えてくれたのです。
英語では「I」というたった一文字で表すことしかできないとしても、日本語では言葉を1つ変えるだけで、相手に対する印象を変えることができるのです。
言われてみればその通りだな〜と思い、それから私の捉え方は変わりました。
そう考えると「日本語は素晴らしい」のです。
現実的ではありませんが、仮にあなたが天皇陛下とお会いしたとして「俺は」と話すことはいないでしょう。
なぜならば、そこにも相手を敬う気持ちがあるからです。
その気持ちを「私(わたくし)は」という言葉で表現することができるのです。
一方で、年下で後輩の部下を持つ上司が、部下に対して話す時は、自分のことを何と言うでしょうか?
その時には、その上司と部下の関係性において複数の言い方があるかもしれませんが「私(わたくし)は」と言う人はいないでしょう。
では、仕事を通して初めて会う人が相手だったらどうでしょうか?
様々な選択肢があると思いますが、その状況に応じて適切な言い方を選ぼうとするでしょう。
時には、相手や場所によっては、共通語よりも地方の言葉を選んだ方が良いこともあるかもしれません。
それだけ、日本語においては、言葉選びが大切なのです。
どんな言葉を選んだとしても、その選択が適切であれば、相手にとっても好印象を与えることができるでしょうし、その反対であれば、悪い印象を与えてしまうかもしれません。
つまり、日本語とはどの言葉を選ぶかという選択だけで、自分の思いを相手に伝えることができるのです。
だから、英語に訳すと同じような文章になったとしても、日本語のどの言葉を選択するかによって相手に対する伝え方を変えることができるのです。
そう考えると、日本語って難しいけど素晴らしいのです。
そんな言語を先祖の皆さんが築き上げてきてくれたと考えると、日本人として生まれた誇りが増しますね。
