「人間だから、ミスはあるよ」という励ましはとても大切だし、その声に救われる時があります。
これは、プロスポーツの世界でも同様かもしれません。
しかし、以前テレビを見ていた時に「そういう考えだからミスをするんです。プロはミスをしてはいけないし、そうあるべきなんです」と語っている人がいて、凄く印象に残っています。
そんな強烈な「べき論」を誰が言っていたかというと、プロ野球界の至宝である王貞治さんです。
ちなみに私は、現役時代の王貞治選手を知りません。
しかし長嶋茂雄さんと並び、スーパースターだったんだというイメージがしっかりとあります。
通算868本塁打という前人未到の世界記録がありますが、それと共に人々の記憶に残っているからこうやって後世に語り継がれ、私のようなアラフィフ世代にも、スーパースターだったという認識があるのでしょう。
そこで冒頭で紹介した「プロはミスをしてはいけない」という言葉です。
この言葉は、単なる根性論や、失敗した選手を責めるためのものではありません。
王貞治さんが現役時代、そして監督時代を通じて貫き続けた、プロフェッショナルとしての「生き様」そのものだと言えるでしょう。
よく、何か失敗をした時に「人間だから、ミスはあるよ」という慰めの言葉が使われますが、王貞治さんはこの考え方を、プロにとっては最も危険な甘えであるとしています。
「初めからそう思ってやる人は、必ずミスをするんです」とも語っています。
さらに、次のようにも話されています。
「基本的にプロっていうのはミスしちゃいけないんですよ。
そう思って取り組んでいかなきゃいけない。
人間だからミスはするものだよと思いながらやる人は、絶対にミスするんですよ。
だから、『オレは人間だ』なんて思っちゃいけないんです。
プロは、100回やっても100回、1,000回やっても1,000回、『絶対オレはちゃんとできる』という強い気持ちを持って臨んで初めてプロなんでね。
ミスしてしょうがない
これは周りの人がいうことで、自分がそう言っちゃダメなんですよ」
「プロは何か」と問われ「プロは自分を人間だなんて思っちゃいけない」と答える王貞治さんは、凡人からしてみたら強烈ですが、このような自分の考え方の軸となる「べき論」を持っていると、物事の捉え方も変わってきます。
例えば、打率が3割というと、一般的には良い成績になりますが、見方を変えると7割は打てていないということになります。
また、4回打席に立って1回ホームランを打てれば一般的には良い成績になりますが、こちらも見方を変えると3回はホームランを打てていないということになります。
さらに、4回打席に立って4回ヒットを打てば、一般的には文句のつけようのない成績になりますが、見方を変えれば全てホームランを打てなかった(ミスをした)ということにもなります。
実際に、王貞治さんは「打率も3割でいい、7回はミスしてもいいと考えると、ボールをバットの芯に結びつける力が鈍くなる。10回中10回全部打つぞと臨んで、打てなかった時にどうしてだと考えて練習して、やっと3割打てるんです」と語っています。
こんな風に考えたら、息が詰まってしまうという人もいるかもしれません。
しかし王貞治さんは、このような「べき論」を他人に押し付けるのではなく、自分の生き方や野球に対する向き合い方の軸としています。
だからそのミスをした時に、プロとはミスをすべきではないから、そのためにはどうしたら良いかと練習に励む努力が生まれるのです。
有名な練習としては、荒川博コーチとの血の滲む特訓があります。
新人のスランプ時期から、恩師となる荒川コーチと出会い「一本足打法」を習得するために行われた荒川コーチとの深夜にまで及ぶ素振りでは畳は擦り切れ、バットからは血が滲んでいたそうです。
荒川コーチは、合氣道の精神を野球に取り入れ、打席を「命を懸けた斬り合いの場」と捉えていました。
今の時代しか知らない人が聞いたら「どういうこと!?」って思ったり「や~ば~」なんて軽く言ってしまうかもしれませんね(笑)
昔の武士が「時にはミスもある」などと考えていれば、その瞬間に命を落とす。
プロの打席もまた、それと同じ緊張感で行われるべきだというのだ、ということです。
いや~凄いですね~!!
王貞治さんにとっての「ミス」の定義も、常人とはかけ離れていたそうです。
三振やエラーはもちろんのこと、たとえヒットを打っても、あるいはホームランを打っても、それが「自分が打つべき球を、完璧な形で仕留められたか」という自己評価に達していなければ、それは反省すべき「ミス」であったという捉え方になるそうです。
言われてみれば、ゴルフ界のジャンボ尾崎さんも同じようなことをおっしゃっていました。
やっぱり一流の方は考え方も一流なんですね。
