社会で生きていく上で、コミュニケーション能力はとても大切です。
人は人と関わり合いながら、助け合いながら生きていく上で、コミュニケーション能力が大切な要素の1つになります。
さらにコミュニケーション能力は、上司と部下の間でも、良好な人間関係を構築し、さらに業務を円滑に進める上で重要な要素になります。
しかし上司にとっては、コミュニケーション能力の前に、絶対的に必要なことがあるのでご紹介します。
目次
- 人は過ちを犯す
- とある事例
- べき論の無効化
人は過ちを犯す
社会で生きていく中では、様々なルールがあります。
このラインを超えたらいけないということで、法律があります。
また考え方の指標として、道徳というものも存在します。
道徳とは「人間が社会の中で共に生きていくために、1人ひとりが守るべき正しい行いの基準や心のあり方」ともいえます。
法律のように「破ったら罰せられる」という強制力はありませんが、人間の心の中にある「良心」や社会的な「マナー・倫理観」として機能しています。
法律は外側からの強制であり、違反するとペナルティ(逮捕や罰金など)があります。
一方で道徳とは、内側(自分の心)からの自制であり「嘘をついてはいけない」とか「困っている人を助けよう」など、自分の良心に従って行動するものです。
だから道徳とは、生きていく中で大切な「べき論」ともいえます。
だから社会のルール(法律)を理解し、正しい道徳のもとで生きていくことは、とても大切になります。
言われてみれば、当たり前のことです。
では、そんな当たり前だという法律を破り、なぜ人は過ちを犯してしまうのでしょうか?
法律を理解していないという人もいるでしょうが、多くの人は理解した上で過ちを犯してしまうのではないでしょうか?
では、改めてなぜ?と思ってしまいますが、そこには理屈を超えた人間の感情があるのです。
とある事例
法を犯してしまった人に、法の大切さや意味を伝えることは大切ですが、そこにどれだけの価値があるのでしょうか?
法律とは直接関係ありませんが、1つのエピソードをご紹介します。
1人の社員が「退職したい」という話になり、2人の上司と話をしました。
退職希望者の言い分は、とてもシンプルです。
今まで色々と言ってきましたけど、全然聞いてくれないし、これ以上は無理だと思ったので、会社をやめさせてください。
よくあるパターンですよね。
これは人間同士の話なので、この事例の当事者でないと正しい解決策は分かりませんし、もしかすると、当事者であっても正解を見つけることは簡単ではないかもしれません。
なぜならば、人にはそれぞれの感情があるからです。
この事例で、社長の反応は次のようなものでした。
彼(退職希望者)は卑怯だ。
会社には色々言うけど、自分でもっと考えるべきだ。
そして社長と違って、自分の意思で会社を変えられる状況にある中で、会社は全然聞いてくれないと言うのは卑怯だ。
〇〇(管理職の1人)などは、一生この会社で働くと決めてくれているし、そういう姿勢で仕事をするべきだ。
あなたは、これを聞いてどう思いますか?
「べき論」の無効化
社長には社長の役割と立場があり、幹部には同様に役割と立場があり、社員にも同じようにそれがあります。
だから、立場が違えば「べき論」も変わってくるし、その「べき論」が通用する相手とそうでない相手も生まれてくるのです。
社員は雇われている存在であり、上からの命令に従う義務があります。
その上で、自分の意見を言う権利も与えられています。
さらに、会社を選ぶ権利も与えられています。
だから、1人の社員に対して、一生この会社で働くと決めて覚悟を持つべきだというのは通用しないのです。
まさにこのような場面で「べき論」を言うことは、無能の証明となってしまうのです。
それよりも、会社を選ぶ権利のある社員に、どうやって「この会社で働きたい」と言わせるかを考えていくべきなのです。
ではこの場面で、コミュニケーションという観点でいくと何が必要だったのでしょうか?
まずは、聞いてくれないと言っているのですから、上司に聞く力があれば良かったのです。
そして、普段から相談し合える人間関係があったら良かったのかもしれません。
そして何よりも大切なことは、上司であれ部下であれ、相手の立場に立って考え行動することです。
上司が、もしこのことができていなければ、管理職失格といえるでしょう。
部下を持つ上司としては、コミュニケーション能力を高めることが大切なのですが、それを発揮するためには、コミュニケーション能力の基本中の基本である、相手の立場に立った言動が何よりも大切なのです。
それができていなければ「べき論」など、部下に響くはずがないのです。
コミュニケーション能力の基本については、こちらをご覧ください。

