「べき論」を伝えないという手法 〜「べき論」が通用しない理由〜

コミュニケーションスキル

「べき論」というものは、とても価値があるという見方がありますが、別の角度から見ると大した価値はないという捉え方もできます。

ポイントは「べき論」の捉え方であり、使い方であるということです。

例えば、経営コンサルタントの現場や人材育成においては、「べき論」を伝えるだけで、状況が改善するのであれば、こんな楽なことはありません。

しかし実際の現場においては、そんな簡単に状況が改善することはなく、だからこそ、そこに人間の面白さや尊さがあるのです。

このようなことを踏まえて「べき論」をただ伝えるのではなく「べき論」だけでは解決しないという前提の考え方があれば、様々な解決策が見えてきます。

そんな事例を、ご紹介します。

目次         

  • とある「べき論」の亡者
  • 「べき論」の応酬
  • 輝ける場所の提供

とある「べき論」の亡者

私が直接コンサル支援をする会社で、次のような方(Tさん)がいたので、ご紹介します。

どんな方なのかを想像しながら、続きを読んでみてください。

●会社情報

  • 事業内容:リサイクル業
  • 創業:25年
  • 年商:6億円
  • 社員数:35名

●Tさんの情報

  • 年齢:61歳
  • 役職:部長
  • 専門知識:抜群
  • 業界経験:抜群
  • 性格:プライドが高く弁がたつ。さらに意欲的な姿勢があり、発言力もある。しかし口は出すが、自ら責任は負わないという姿勢。

どのような方か、少しイメージができましたでしょうか?

ちなみに、この会社の社長は就任して、まだ1年ですが、以前はTさんが次期社長候補の時代がありました。

しかし前社長と経営方針に関して大いに揉め、Tさんは一度退職をされました。

その後、前社長が手を差し伸べる形で、再び会社に戻ってきましたが、それから次期社長に任命されることはありませんでした。

このような背景を踏まえて、あなたがコンサル支援をする経営コンサルタントという立場だったら、どのように関わっていきますか?

「べき論」の応酬

ちなみに、私がコンサル支援をする以前にも、同じような立場の人が3人いたそうです。

そんな3人のTさんへの評価は、次のようなものでした。

Tさんは、知識と経験があり、勉強熱心で行っていることは素晴らしいです。

しかし、物の言い方や伝え方を含めた態度がとても上に立つものとしては課題が多すぎます。

上に立つものとして、そういう部分を改めるべきです。

そして場合によっては、社長も人事を真剣に考えるべきだというネガティブな評価でした。

この状況はまさに「べき論の応酬」であり、この先に明るい未来はやってこないでしょう。

なぜこの延長線上に、明るい未来はないのでしょうか?

それは、人間の感情を配慮していないからです。

「べき論」を伝えることは大切ですが、それによって相手に変化が生まれたり、会社が良くなるのであれば、こんな簡単なことはありません。

では、なぜそんな簡単にいかないかというと、そこには人間の感情が存在するからです。

では、この時のTさんの気持ちはどのようなものだったのでしょうか?

私が感じたことは、次の2つです。

①強烈な承認欲求から来る寂しさ

「なんで俺がこんなに良いアイディアを持っているのに、誰も分かってくれないんだ?お前たちはアホなのか?」という表の表情とは裏腹に、心の中では「なんで俺がこんなに良いアイディアを持っているのに、誰も分かってくれないんだ?誰か1人ぐらい共感してくれてもいいんじゃないか!?」という声が聞こえてきた気がしました。

②強烈な自己防衛心から来る怒り

「こうすべきだ」という発言をすると、相手からは「そんなこと言ったって、あなたこそこういうところを改めるべきだ」というリアクションが返ってくるのが今までのコミュニケーションでした。

そうすると周囲に味方がいないという自覚があるTさんには、自然と自分を守るような思考が生まれます。

そして「俺はもう60を過ぎているし」という断り文句と共に、自分が責任を取りたくないという気持ちがあるので、そこを突っ込まれないように虎の威を借りた立ち振る舞いになります。

そして、自己防衛心のもとに考えれば考えるほど、主体的に動かない周囲に対して怒りを覚えるようになっていました。

輝ける場所の提供

人とコミュニケーションを図る上で、相手の立場に立ちその人の感情を理解することが重要になります。

詳しくは、こちら「相手の立場に立って考える人と考えられない人」をご覧ください。

では今回の事例の登場人物であるTさんに対しては、どのような関わり方をすれば良いのでしょうか?

正解は1つではありませんが、この事例の続きは次のようになります。

まずは・・・

「Tさんの分析力は本当に凄いです。これをもとに色々と社内で議論できればいいですね。ちなみにTさんの分析で面白いと思った部分があったので、質問してもいいですか?」と問いかけました。

このような問いかけと共に、Tさんへのリスペクトを表現しました。

そして、私はTさんの力量を評価しているという気持ちも伝えました。

さらに、Tさんのことをより理解していきたいという思いを言葉にしました。

次に・・・

「実は同業者の優良企業であるA社の情報を先方社長に了解をもらい持ってきました。顧客名などは書いてありませんが、このデータを御社の実績と比較することで、改善のヒントが見えてくると思います。その改善を実行していくのは、次世代メンバーの責任だと思いますが、頑張る方向が間違ってしまうと成果には繋がりません。だからぜひTさんの素晴らしい分析力で、後輩に正しい道を示してもらえませんか?」問いかけました。

こうすることで、Tさんは自分の存在価値を認識することができ、それでいて責任を負わずに自分の力を発揮できる場所を確保することができるようになったのです。

今までは自分の能力を、他人を批判し自分の存在価値を高めることに使っていましたが、このような経緯を踏まえて、それからは会社の役に立つ情報を提供することに注力できるようになりました。

正解は1つではありませんが、この事例を見てあなたはどのように感じますか?

人には誰でも、それぞれの感情があります。

その感情を無視して「べき論」を伝えても、大した価値はありません。

今回は承認欲求から来る寂しさと、自己防衛心から来る怒りが、感情の根源にあるTさんの事例をご紹介しました。

エネルギー持っている人は、改革のキーマンになる条件を備えています。

どんな形であれ、パワーを持っている人でないと改革のキーマンにはなりません。

しかし、その負のエネルギーを正しい方向に使うことができないと、邪魔者になってしまいます。

この事例でも分かるように「べき論」が通用しない時に、それ以上に「べき論」を伝えることに、大した価値はありませんし、軋轢を踏む原因になってしまうこともあります。

だから、このような状況で「べき論」を何度も伝えることは、無能の証明とも言えるのです。

だからこそ、部下を持つ上司や人の上に立つものとしては、コミュニケーション能力がとても大切になるのです。

コミュニケーション能力の基本については、ぜひこちらをご覧ください。


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