日本人として知っておきたい神道 〜宗教との違い〜

おもうこと

あなたは、神様はいると思いますか?

私はなんとなくですが、いると思っています。

私の亡くなった母はクリスチャンでしたが、そのような信仰があると「神様はいるわよ」という回答になるかもしれません。

そんな中、私を含めて多くの日本人が無宗教とか、強いて言えば仏教と答えるかと思いますが、その人たちにとって神様という言葉は日常生活のどんな場面で出てくるのでしょうか?

そんな時にパッと思いつくのが「神様お願いします」とか「神頼み」というような場面ではないでしょうか?

お寺に行ってお賽銭を投げて「神様お願いします」と何かを祈ったりする人もいるでしょう。

そんな人が多い日本人ですが、そんな日本では、宗教とは一生を画する神道(しんとう)という考え方があるので、ご紹介します。

まず、宗教とはどのような定義でしょうか?

一般的に「宗教が成立するための3要素」として知られているのは、次の3つです。

①教祖

教えを最初に説き、信仰の源流となった人物や絶対的な存在です。

例:キリスト教のイエス・キリスト、イスラム教のムハンマド、仏教のブッダ(釈迦)など。

②教義・教典

人としてどう生きるべきか、世界はどうできているかという「教えの内容」や「言語化された文書」です。

例: 聖書(キリスト教)、コーラン(イスラム教)、経典(仏教)など。

③教場・教団

信者が集まって祈りを捧げたり教えを学んだりする「場所(教場)」や、信仰を維持・伝承していく「人々の組織・ネットワーク(教団)」です。

例:教会・モスク・寺院といった建築物(教場)や、僧団・教会組織(教団)。

では、それに対して、神道とはどのようなものでしょうか?

神道とは一言でいうと「古代の日本から続く、自然や先祖、あらゆる生命に神様を見出す、日本独自の自然信仰・生き方の知恵」です。

仏教やキリスト教のような「外から伝わってきた宗教」とは異なり、日本人が大昔から自然と共に暮らす中で自然発生的に生まれ、生活文化そのものとして受け継がれてきました。

主な特徴は、次の3つです。

①教祖も聖典(教科書)もない

キリスト教の聖書や仏教のお経のような「絶対に守るべき教理」や、特定の「創始者(教祖)」が存在しません。

「これを信じないと罰が当たる」という厳しいルールや戒律はなく、「自然を敬い、互いに感謝して仲良く生きる」という緩やかで柔軟な価値観がベースになっています。

②「八百万の神(やおよろずのかみ)」の思想

「八百万(とても数が多く、無限にある)」という言葉通り、神道では一つの絶対的な神様だけを信じるのではなく、あらゆるものに神様(精霊や宿る力)を見出します。

自然の神様: 太陽(天照大御神)、山、川、風、巨木、巨石など

人の神様: 地域を守る氏神様、ご先祖様、歴史上の偉人(学問の神様・菅原道真など)

「山には山の、川には川の神様がいる」と考え、自然を征服するのではなく、自然に生かされていることに感謝して祈りを捧げます。

③「罪」よりも「穢れ(けがれ)」を祓(はら)い、「清らかさ」を尊ぶ

神道では、人間は元々みんな清らかな存在だと考えます。

しかし、日々の生活で悩みやストレス、病気、ズルい心などの「穢れ(気枯れ=元の気が枯れた状態)」が溜まっていくと捉えます。

そのため、神社にお参りする時は手水舎で手や口を洗い、お祓い(修祓)を受けて「元の清らかで瑞々しい状態(常若・清明)」に戻すことをとても大切にします。

神道は「難しい教えを勉強する宗教」というよりは、「自然や命への感謝を、季節の行事や美しい所作として受け継いできた日本の文化そのもの」と言えるのです。

タイトルとURLをコピーしました